伝えていきたい霧島の大切な食文化 | EAT LOCAL KAGOSHIMA

伝えていきたい霧島の
大切な食文化

霧島市・ NPO法人霧島食育研究会
千葉しのぶ

 霧島の豊かな食文化を伝える、NPO法人霧島食育研究会の理事長であり鹿児島食文化スタジオ主宰の千葉しのぶさん。今回、霧島の食や食育活動、味噌づくり、霧島ガストロノミーブランド「ゲンセン霧島」のきりしま食の道十ヵ条などについて、お話をうかがった。

 木々が鮮やかに美しく色づいた霧島の森のなかにあるのは、NPO法人霧島食育研究会の拠点である、のぼる農園。この日は銀杏が見事に黄色く輝いていた。古い木造洋風建築の家のなかでは、千葉しのぶさんが忙しくしている様子が見える。なんと私たち取材チームのために、カツオ味噌や味噌の入ったゆべし、芋こんにゃくの酢味噌がけ、味噌あじのふくれ菓子などの盛り合わせを準備してくれていたのである。器には敷地内で採ったというピンクのさざんかが添えられており、このていねいなもてなしに取材チームはみな感激した。
 「霧島の人たちは周囲の人と、互いに気遣い合って暮らしています。霧島のそんなところが好きですね」と千葉さん。短大卒業後、就職のために霧島で暮らし始め、いまもこの地に根ざして活動している。「就職のために霧島に来て、管理栄養士として勤めました。しばらくして、行政から全国一律の指導があることに、違和感を覚えたんです。例えば、一日に30品目食べましょう、とか。やはり地域ごとに採れる食材は違いますから、どうしても無理がある。だったら私は、行政や学校、家庭ではできないことをやっていこう、食を大切にする文化を伝えていこうと思いました」。そうして食を通してできた仲間や生産者の方々とともに、霧島の食や食文化の発信を始めることに。

いまあるものに
価値があると気づく大切さ

 千葉さんが理事長を務めるNPO法人霧島食育研究会が主催する「霧島・食の文化祭」は、次回で18回目を迎える、霧島の人気イベントだ。〈家庭料理大集合〉という企画では、霧島のみなさんの家庭料理を毎回テーマを掲げて募集し、当日は料理への想いとともに発表する。これまで約2300もの料理が大集合した。なかでも印象に残ったエピソードをうかがう。「あるとき、高菜おにぎりを発表してくださった方がいたんです。のりではなくてなぜ高菜なのかというと、のりは買わないとないものですが、その家庭では高菜の漬物は常備されている食材なんですね。その方は、高菜おにぎりを食べるといまでも母が自分の名前を呼ぶ声がするようだ、と話してくださいました」。この企画を行うにあたって、地元の人を尊敬してそれぞれの食と人生の物語を共有しているそう。さらに、千葉さんは「一見何でもないと思うことに新しい価値をつけていく、いまあるものに価値があることに気づくことが大切」と話す。

食育の成功とは
食の原風景を残すこと

 一個のおにぎりは何粒のお米からできているか、ご存知だろうか。「おにぎり一個分のお米は約60g。炊くと約140gになります。ひとつのおにぎりは、米粒にして約3500粒。稲穂でいうと、おにぎりひとつで二株分です。おにぎりのご飯粒を数えることで、おにぎりとお米、田んぼの関係がわかりますよね」。千葉さんは地域の親子に対して、体験を通した食育のセミナーを実施している。「以前に、300世帯にアンケート調査をしたところ、85%が〝食事づくりを面倒に感じる〟という結果が出たのですが、家庭で食育をしていくのが難しいのなら、地域で食べることを考えていこうというのが食育セミナーなんです」。
 食育という言葉も耳慣れたが、日々の食卓できちんとわが子に食育ができているのか不安だったり、どこにゴールがあるのか判断が難しかったりする人も少なくないだろう。かくいう私も、毎日の食事づくりや食育に四苦八苦している親のひとりなのだ。
  「例えば、子どもたちが学校から帰ってきて〝今日のごはんなに?〟と聞くことがありますよね。つまり、おうちの人が今日もごはんをつくってくれると分かっている。つくってくれる安心感がある、これもひとつの食育です。また、子どもが進学や就職で家を離れたときに、ふと〝お母さんのあの料理が食べたいな〟と思ってくれたら、それはまさに食育の成功なんです。ですから、お子さんに食の思い出、食卓の原風景を残してあげてください。それが子どもたちが生きていくうえで核となってくれるはずです」。
 これまでぼんやりと捉えていた食育が一気に明確になり、取材中ながら胸のつかえがすうっと取れて、思わず目頭が熱くなった。千葉さんの食育活動は、子どもも親もやさしく包み込んでくれる。

「味噌仲間」と取り組む
知恵と工夫の味噌づくり

 霧島では味噌づくりを行う家庭も多くみられる。地域の人が集まったり、親戚同士が集ったりして時期になると味噌づくりをする。千葉さんは「味噌づくりはフォローし合いながらするのがいいところ」と言う。材料の調達や調理器具を持ち寄るなど、準備に手間も時間もかかるため、「みなさん味噌仲間がいて、味噌はだいたい仲がいい人たちがグループでにぎやかにする」そうだ。霧島の土地は、米づくりに不向きなことから昔から山の管理を通して、地域には里山ならではの付き合いが存在した。そして、豊かではなかったからこその工夫や多様性が生まれたのだ。「発酵食品である味噌づくりもそうですが、豊かでないからこそ行動して知恵をしぼって、それらを守ってきたんです。霧島の地域のおばあさんたちは、味噌を熟成の浅い若いものと梅雨を越し熟成の進んだ赤い味噌と使い分けますし、みそ汁をつくったり、漬物に使ったり、タレや隠し味にもします。それは、〝ない〟から工夫していたんです」と千葉さん。家庭ごとに味が異なるのが手づくりの味噌であり、本物の手前味噌と言える。

地域にあるものをよく見る
するとその輝きがわかる

 霧島の地は、霧島山から湧き出た水に育まれた食材や、脈々と受け継がれてきた食の知恵があり、さらに新たな技が紡がれている。こうした霧島の魅力を食のフィルターを通し、〝地球を丸ごと味わう〟というガストロノミーの考え方で厳選したのが「ゲンセン霧島」。そのビジョンに掲げられているのが〈きりしま食の道十カ条〉である。十カ条は霧島らしさや地域の課題解決、世界のトレンドなどの視点を踏まえて、一つひとつの言葉を議論してつくられた。千葉さんは、この条文を作成したブランド部会のメンバーで、霧島ガストロノミーのブログにて霧島の人々を取材し、情報を発信している。「まだまだ霧島の市民には浸透していないと感じますが、〈きりしま食の道十カ条〉があることが大事だと思っています。時に、都会が華やかでかっこよく映って、在来の文化を見失ってしまうことがあります。けれども地域にあるものを一つひとつよく見ることで、それが輝いているとわかることがある。ゲンセン霧島があれば、その輝きを伝えやすいと思うんです」。たしかに、日々の生活を思い返して〝私は素敵なところに暮らしているな〟と思えることは、とても幸せなことだ。それが食を通して実感できたら、いまここに暮らしている意味をより強く感じられるだろう。

 最後に、千葉さんに今後の活動や展望について尋ねると、「いま、思いを共有する仲間との活動がとてもしっくり来ているんです」とおっしゃった。「自分が大事だと思うことを、自分自身で続けられるのは、身の丈に合っていて自分にしかできないこと。ありがたいことに参加者は、こちらのプログラムに共感して足を運んでくださっています。
〝活動の継続〟そのものが目的ではありません。ときが来たら、自分たちで責任をもって閉じる、そう考えています」。〝もし活動を引き継ぎたいという覚悟のある人がいたら〟という問いにも、「〝自分なりのやり方で新しく始めてみて〟と応援したい」とほほえむ千葉さん。大切なことは、いまここ、霧島にあるのだ。

NPO法人霧島食育研究会

NPO法人霧島食育研究会

霧島市霧島田口1653-2
TEL:090-4982-8898
  • 取材文=
    やましたよしみ
  • 写真=
    磯畑弘樹
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  • 写真=
    磯畑弘樹