一枚の茶葉から広がる、色とりどりの世界 | EAT LOCAL KAGOSHIMA

一枚の茶葉から広がる、
色とりどりの世界

霧島市・ 有村製茶
有村幸凌

稀有な気候条件が生む個性

 実は鹿児島県は茶の産出額が2019年に日本一になっていたという事実をみなさんご存知だろうか?それまで50年以上ずっとトップを走ってきた静岡県を抜き、日本一になったのである。これもひとえにお茶農家さんたちの弛まぬ努力の結晶である。
 鹿児島県は離島も含め南北で約600kmにも及ぶため、県内で温帯・亜熱帯・冷温帯と三つの気候がある大変珍しい地域だ。その気候の違いにより同じ鹿児島県内でつくられているお茶でも、産地によって特色があり、バラエティに富んだ味を楽しむことができる。中でも霧島市は朝晩と日中で寒暖の差が大きいため、昼間に陽を浴びてたくさん光合成をした茶葉が夜の冷気で休憩し、土の中の養分を蓄えながらゆっくり育ってくれるので、おいしさのもととなる養分を消費せず、奥深い味わいになる。また、しばしば深い霧に覆われることにより、霧が茶葉に当たる日光を遮り、程よい水分を与える、これにより渋味成分よりも旨味成分の豊富なお茶が育つ。豊かな香りと爽やかな風味、でもその中にしっかりとしたお茶の味を感じられるのが霧島茶の特徴だと言える。
 また、鹿児島県には「茶いっぺ」という文化がある。これは「茶一杯」の方言で、「お茶でも一杯飲んでいきなさい」という意味。忙しくとも慌てず急がず、お茶を一杯飲むくらいの余裕を持って行動しましょう、という配慮の気持ちが込められている。まるで現代人にティーブレイクの大切さを教えてくれているような言葉だ。
 このように、昔から鹿児島県民の生活にお茶というものは欠かせない存在となっている。

品質を追い求め69年

 鹿児島県の玄関口である鹿児島空港。飛行機が空港に着陸する前に窓から下を覗くと、そこには青々とした茶畑が広がる。「空港の周りにこんな光景が」と驚くが、緑の絨毯に歓迎されているようにも感じ、嬉しい気持ちになる。
 空港に降り立ったら、ほど近い場所に「幸」の字が大きく掲げられた有村製茶はある。1953年、戦争も終わり日本が活気づいてきた頃、初代有村次郎さんが創業。だが初代が若くして亡くなってしまったため、二代目である有村幸男さんが15歳から茶業を継ぐこととなり、ひたすらに美味しいお茶づくりを目指し、一筋に続けてきた。その後、三代目の有村幸二さんが、4年前には四代目となる有村幸凌さんが加わり、現在では親子三代でお茶づくりをしていて、今年で創業69年となる。

 そのストイックなまでのお茶づくりの姿勢は数々の品評会の受賞履歴で裏付けされている。毎年優秀な出来のお茶を選定するイベント「全国茶品評会」では最も評価の高い「農林水産大臣賞」を過去に5回も受賞している。また、2020年フランスの「パリ日本茶コンクール(Japanese Tea Selection Paris)」では金賞を受賞している。これは審査員が全員フランス人というユニークな茶品評会。有村製茶の美味しさはフランス人にも伝わっているのである。
 海外でも評価される美味しいお茶づくりだが、茶葉は摘んだ後、酸化酵素の働きを止めるために一気に蒸し上げる、その日採れた茶葉の大きさや色づき具合を確認しながら蒸す工程の作業は、全て経験と感覚。三代目の幸二さんは「もう30年以上やっているが、毎年『こうしたらもっと良くなったのに』と反省点がでてくる。自分が失敗したことは息子にも教えられるが、そこから先も美味しいお茶を求める研究は止まることはない。やっている限りはずっと勉強」と語る。代々培ってきた知識と経験は受け継がれていき、さらに洗練されたものへとアップデートされているのである。

茶業界の未来を醸す、
次世代の燃える心

 四代目となる有村幸凌さんが家業のお茶づくりに加わったのは4年前。小さい頃から野球に打ち込み、当時の夢はもちろんプロ野球選手。高校時代も部活で朝から晩まで、土日も練習に試合にと休みなく野球漬けの毎日だった。そんな忙しい中でも時間があれば機械の掃除など、できることは手伝っていたという。高校時代に実家を継ごうと決め、日置市吹上にある鹿児島県立農業大学校の農学部茶業科へ進み、お茶について学ぶことにした。「外で体を動かすことも、農業も好きだったので、選択肢は他にはなかったですね」と振り返る。卒業後は静岡県のお茶農家で1年間働き、「帰ってくるのなら何か新しいことを始めなくては」と、枕崎市にある枕崎茶業研究拠点にて1年間、紅茶と烏龍茶について学んだ。
 実家に帰ってきてからは本格的に紅茶と烏龍茶づくりを始め、茶畑は化学的肥料や農薬を使わずに堆肥で土づくりを行い、認証まで3年かかる有機JAS認証も取得した。実は、緑茶も紅茶も同じ茶葉。しかし、求めるものや工程が全く異なる。酸化酵素を出さないために摘んだ茶葉をすぐに蒸す緑茶と違い、紅茶は香りや渋味、コクを引き出すために摘んだ茶葉を酸化発酵させる。今ある緑茶用の機械を流用したりしながら発酵度合いと味の違いなど細かくデータを採取していった。「ひとつの茶葉の発酵具合で何通りもの紅茶や烏龍茶がつくれるのが面白いですね」とお茶に対する探究を続ける。そんな有村さんの努力が実を結び、2019年の日本茶AWARD水出し茶部門に出品した「霧島レッド水出し紅茶」は審査員奨励賞を受賞した。

お茶における発酵

 通常の緑茶を製造する工程では茶葉の酸化酵素の働きを止めるために、摘んでから急いで蒸し4時間ほどで終了するのに対し、烏龍茶は、摘んできた茶葉を天日に晒して萎(しお)れさせ、揉みながら発酵させ、乾燥する。紅茶は揉んだ後、更に発酵させる工程が加わる。ここまでで丸2日ほどかかり、緑茶と比べると時間も手間もたくさん必要なのである。
 発酵という言葉が出てきたが、紅茶・烏龍茶ができる時の発酵は、味噌やお酒などの微生物がはたらく発酵とは違い、茶葉に含まれるタンニンが空気に触れることで紅茶の成分に変化する酸化発酵という仕組みだ。この時、緑の茶葉からは想像もできないような甘いぶどうや花の香りが辺りに漂う。酸化発酵は10分単位で目まぐるしく変化するため茶葉の微細な変化も見逃さぬよう、常に付きっきりでそのタイミングを見極める。
 有村製茶では紅茶に〈べにふうき〉、烏龍茶には〈カナヤミドリ〉という品種を使用している。そのふたつの品種は有機JASの認証を受けた無農薬の畑で育てているので、虫が茶葉を食べにやってくる。だが、虫が食べることで茶葉から分泌される防御成分が、紅茶・烏龍茶の持つ独特の甘い香りの元になるため、無農薬栽培との相性はとても良いそうだ。実際に淹れた後の茶葉からは熟れた果実のような甘いにおいが感じられた。収穫時の畑からはもっと甘い香りがするとのことなので是非とも体験してみたい。「収穫の時のいい香りをどこまで保って紅茶にできるかが難しいんです」と言う有村さんの瞳は、探求者としての輝きに満ちていた。

霧島を世界一の産地へ

 「霧島市の寒暖の差が激しい気候は、紅茶の三大産地のひとつダージリンとよく似ているので、実は紅茶の栽培には適しているんです。ゆくゆくは霧島を紅茶、烏龍茶、緑茶も含めた世界一のお茶の産地にしたいです」と夢見る有村さん。現在では霧島紅茶のブランド化を目標に「霧島紅茶研究会」なるものを発足させ、初代会長として霧島のお茶農家へ声をかけ、紅茶について研究したり情報交換する場を催している。
 「お客さんのニーズが多種多様になってきているので、紅茶や烏龍茶もつくって美味しいと飲んでもらえるようになれば、自然と緑茶も飲んでもらえる機会が増えると思うんです」と、あくまでも三代続いてきたお茶一筋の基盤があってこそ、自分が紅茶や烏龍茶を研究できているのだと謙虚に語る。「少量でもいいのでこだわった美味しいお茶をつくり、知ってもらうための戦略を考えながらやっていきたい。いくら上質のお茶をつくっても、売れなければ続いていかないので。ブランディングは大切です」。空港の周りの青々しい茶畑のように、地に足をつけたしっかりとした考えで、探求者としての情熱を持って先を見据える若き茶職人。お茶を飲む人、お茶をつくる人、全ての人が「幸せ」になる未来を夢見て、有村さんの挑戦は続く。

有村製茶

有村製茶

霧島市溝辺町麓2536-2
TEL:0995-58-2130
  • 取材文=
    小林史和
  • 写真=
    磯畑弘樹
  • 取材文=
    小林史和
  • 写真=
    磯畑弘樹