「お茶一杯いかがですか」から始まる心に残るお店体験 | EAT LOCAL KAGOSHIMA

「お茶一杯いかがですか」から始まる
心に残るお店体験

霧島市・ きりん商店
杉川明寛

「店の前にある大きな樹は、樹齢100年以上と推定される金木犀。秋になると鮮やかなオレンジ色が店を彩り、甘い芳香があたりに漂います。この金木犀を使った自家製ドリンクはきりん商店秋の定番メニューです。」

〝霧島のよかもん〟を伝える

 霧島茶を中心に、地元生産者の味噌やタレ、お菓子、郷土玩具など〝きりしまのよかもん〟を扱うきりん商店。夏にはかき氷、秋冬には温かいぜんざいが店に登場し、金木犀祭りや年末の餅つきなどの四季折々のイベントがある。いつ訪れても何か楽しいことのあるお店だ。「お店は永遠に完成しないテーマパーク」と語る店主の杉川明寛さんに、きりん商店のこと、霧島でお店を営むことについて話を伺った。

お店に入った瞬間から
「きりんワールド」

 「お茶が店のあり方を大きく変えてくれました。『一杯いかがですか』と振舞うことが、お客さんとの距離を縮めてくれて、お茶ってこんなにコミュニケーションの役に立つのかと予想外でしたね」
 きりん商店ではいつもお茶の振る舞いがある。店内で販売している無農薬栽培の霧島茶を、夏は冷たい水出し緑茶やハーブ緑茶、冬は温かい緑茶にして出してくれる。一杯のお茶をきっかけにして、自然とお客さんとの会話が広がる。空いている時間帯なら、一煎目、二煎目、三煎目と変化していくお茶の味わい方や、茶殻にドレッシングをかけておいしく食べる方法など、お茶の楽しみ方について杉川さんやスタッフらが詳しく教えてくれる。
 「お店に入ったときからアミューズメントなんですよ。〝きりんワールド〟を提供したいと思っています。今は何でもネットで買える時代だからこそ、わざわざ来てもらう理由はここでしか体験できないことにあると思います。ただ商品を販売するだけではなくて、何かしらお客さんの気持ちを少しだけふっともち上げることをしたい」
 その言葉通り、視覚的にも感覚的にも楽しいものがいっぱいある。絵本と郷土玩具が置かれた小部屋、いろんな駄菓子が置かれたレジ横。夏には庭にビニールプールが登場し、冬には店内に火鉢が置かれる。お店で販売している椎茸やあんぱんを、この火鉢でお客さん自らが炙って食べられる仕組みだ。
 「炙りたてはちょっとくらい焦げていてもめちゃくちゃうまい。体験って残るんですよ。子どもは特に。駄菓子とか正直儲けはないのですが、来てくれる子どもたちが少しでも楽しんでもらえたらとやっています。僕がそうなんですけど、子どもの頃に面白かった場所ってずっと心に残るんですよ」

毎日店頭に立ち続けて
生まれた意識の変化

 前職は福岡県でデザイナー・アートディレクターをしていた杉川さん。霧島市に引っ越して2014年6月から「霧島のお茶とよかもん」を扱うきりん商店を開始。店頭に立ち続ける中で、デザインやお店への考え方が変化していったと言う。
 「その少し前から高知県が地域ブランディングの最先端を行っていて、ブランディングに非常に興味があったんですよ。お店を始めて最初はびしっとデザインしようと思っていたんですけど、作り込むよりも見つけ出す意識がずっと強くなっていきました」
 特に、地元の万膳加工グループとの出会いは大きかった。たかちゃん、よしちゃんという二人の年配女性が、味噌やめんつゆ、タレを手作りする生産者グループで、地元の物産館に卸している。借りていた家の隣に加工所があり、朝6時くらいから大豆を蒸したり大きな鍋を二人で持ち上げたりと、朝から賑やかに楽しげに働いていた。
 「地元では当たり前のものでしたが、とにかくおいしい。そして、野菜を刻んだり、瓶を煮沸したり、何から何まで手作りで。こんなにおいしいものを作る人たちがいるんだなと衝撃でした」

 魅力的な商品をより伝わるようにしたいと、自らパッケージをデザインして店頭に並べた。けれども店頭に立ちお客さんとやり取りしていると、デザインは必須ではないと思うようになる。きりん商店に並ぶ商品がタレントだとすると、華やかなタレント、素朴なタレント、グループで売り出した方がいいタレントと、いろんな個性がある。それをどうプロデュースするか。デザインはあくまでも一つのプロデュース手段であり、商品によってはお客さんに実演して見せたり、言葉での説明が大事だったりする。
 「かっこつけなくていいって思うようになったんですよ。デザイナーをしていたときは、研ぎ澄まされて完成されたものじゃないといけないと思っていました。でも実際店に並べる商品はすべてがそうである必要はない。大切なのは元々あるものをよく見ること、お客さんの反応を見ることで、デザインはこちらから押し付けてはいけない。生産者はもちろんこだわったものを作ってくださっているんですけど、やればやるほど僕自身にはこだわりがなくなっていきました」

店主としての責任は、
店を続けていくこと

 きりん商店を始めた当初は、店とデザイナー業を兼業しようという計画だった。しかし、現在はデザイン業をほぼ引退して、店主の仕事一本に。
 「お店を始めたときに、自分たちが想像した以上の注目を浴びました。生み出した子どもを育てるじゃないですけど、注目を浴びたこと、世間の人が認めてくれたことに対しての責任を負うには、きりん商店をしっかり継続していくことが必要です。デザイン業が忙しいからやめます、週末だけやります、だとお店の機能としてすごく中途半端。それに、デザイン業も霧島に必要かもしれないけれど、若手がどんどん出てきているからその役割は僕でなくてもいい。だから僕はお店に集中することにしました」
 とはいえ、長年コツコツ積み上げてきたデザイナー業から手を引くことは容易ではない決断だっただろう。これには振り切った瞬間があると言う。
 「岩戸温泉の脱衣所で、後ろから『きりんさんですよね!』って声をかけられたんですよ。ちょうどお尻を出す位のタイミングで(笑)。間が悪いって思ったけれど、一応店主じゃないですか。だから振り返って『はい、きりんです!』って答えました。覚悟が決まったタイミングかもしれません。こういうお店をしている以上、自分がお店の顔なんだなってことを認識しました。それからはいろいろ振り切れましたね」

永遠に完成しない
テーマパーク

 次第に扱う商品が増え、夏のかき氷や秋冬のぜんざいなどを始めて、お店は年々進化している。どの定番メニューも、シーズンごとに味のバランスやトッピングを微調整してあり、訪れるたびに新鮮な発見がある。
 「永遠に完成しないテーマパークという感覚です。今は作ったら終わりではなくて、いろんなものが時代に合わせてどんどんバージョンアップしています。メニューもお店も常に進化させたい。自分が飽きっぽい性格だから、飽きないようにあれこれやっているのもありますね」
 それでも始めた頃のコンセプトは変わらない。「霧島のお茶とよかもん」。これを芯にして、あとの部分は自在に変化させている。
 「好きな言葉は汎用性。決め込んでしまうと、そこから身動き取れなくなることもあるので、ある程度動ける幅がある方が僕は好き」
汎用性はお店の造り自体にも当てはまる。いつでも空間を変えられるようにと店内に備え付けの棚はない。机に使っている茶箱は上に積み上げればカウンターにもなる。創意工夫でどんな風にも変わる幅があるからこそ、柔軟に変化していく楽しみがある。
 「だからお店って素敵ですよ。きりん商店にぜひ遊びに来てくださいね」

きりん商店

きりん商店

霧島市牧園町宿窪田1424
TEL:0995-73-3204
  • 取材文=
    横田ちえ
  • 写真=
    東花行
  • 取材文=
    横田ちえ
  • 写真=
    東花行